Words and Feathers

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【短編小説連載】いつかのまほらば『日曜日 午前八時』

五日間のおはなし:連載第三回。小説の時間通りに更新します。
リンク:第一回第二回

 田舎の夜ではすることも無く、暇にまかせて焼いたクッキーの包みを持って、私は教会に向かった。朝靄の中、全く人の気配がしないのはなぜだろうと思いながら、村の中心へと走った。
 低く、苔むした石垣に囲まれた教会は、石造りの礼拝所と小さな庭があり、裏手の墓地は林の中へと続いている。水に落ちたミルクのような薄白い靄が、さあっと木立ちの奥へと吸い込まれていった。
 誰もいない。
「―― どうして・・・?」
 今朝は礼拝で、みんな集まるはずなのに。今日が日曜日だったはずなのに。私は時間を間違えたのだろうか?
 その時、時計塔の鐘が鳴った。時間は間違いない。それなら曜日を間違えたのか・・・今日は何曜日だったっけ?
 礼拝堂への入り口の階段を上り、扉を押した。きしんだ音と共に、背後から昇った太陽の光が堂内に差し込んだ。
 やはり誰もいない。
 壁に並んだ古い絵の守護聖人たちが、一斉に私に視線を投げた。
 オマエハダレダ。ドウシテココニイル。
 どうして私はひとりなのだろう。思い出そうとしても頭がぼんやりとして、考えがまとまらない。心が死んでいくような感じがする。もしかしたら、もう死んでいるのかもしれない。
 ぱしゃん、と水音がした。
 振り返ると、礼拝堂の入り口にアキが立っていた。
『―― ねえ、どうしてみんないないの?』
 私は彼に訊ねようとした。それなのに声がまるで声にならず、息だけが喉からもれた。夢の中で叫ぼうとして上手く声が出ないときの感じに似ている。
「みんな、先に行ったんだ」
 彼は何を言っているのだろう。まるで意味がわからない。
「・・・おいで。外の方が暖かい」
 アキの左手が私の右手を取った。ずいぶん冷たい手だった。促されるままに扉をくぐり、並んで礼拝堂の石段に腰掛けた。ちょうど正面からまだ低い陽の光があたり、私の身体は頼りない熱に包まれた。そばの小さな花壇では咲き残りのシュウメイギクが音も無く揺れている。12月には咲くだろうクリスマスローズは、まだ赤みのある深緑の葉だけを繁らせ、日毎に弱くなる太陽から精一杯の養分を作ろうとしているように見えた。
 アキがずっと私の顔を見ているのに気付いた。私も、彼の顔を見つめ返した。不思議な顔だった。可笑しな容貌というのではない。見ている間はごくまともな、整った顔立ちなのだ。それなのに目を離した瞬間に思い出せなくなってしまう。そんな顔ってあるだろうか。
 ただひとつ、瞳の色だけは記憶することができた。深い、深い灰緑色だった。波立つ急流がそこだけ瀬を緩めて静かにうねる淵の色のようだった。底知れず、流れは無いかのように見えても、水面下では急流よりも複雑な水の流れが全てを呑み込もうと渦巻いているのだ。
「どうしたの?」
「何が?」
「僕の顔ばかり見てる」
 我に返ると、額がくっつきそうなほど顔を近づけていたことに気付き、私は慌てて距離を取った。アキは動かない。
「いい匂いがする」
 彼は私の左手を見た。昨夜焼いたクッキーの包みを、私はしっかりと抱えたままにしていた。
「あ、これ、私が焼いたクッキーなの。おすそ分けにと思って―」
 彼は右手を伸ばして、私の左手を握った。包みが私の膝の上に落ちた。どうして彼の手はこんなに冷たいのだろう。
「イツカの手からいい匂いがする」
 もしかしたら、うっかり零したバニラエッセンスの匂いかも。そう言おうとした時、アキが私の指先を口に含んだ。まるで、動物の赤ちゃんが哺乳瓶からミルクを吸うように。耳の中に心臓があるのだと確信するほどはっきりと自分の鼓動が聞こえた。
「寒いの? 震えてる」
「うん」
 本当はその震えは左胸から拡がっていたけれど、私は寒いふりをした。彼は黙って私を抱き寄せた。あんなに冷たい手をしているくせに、彼の腕の中は暖かかった。


『月曜日 正午』に続きます。
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