Words and Feathers

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【短編小説連載】いつかのまほらば『火曜日 午後五時』

五日間のおはなし:連載第五回。小説の時間通りに更新します。
リンク:第一回第二回第三回第四回

 私は再び小川を越え、短い森を抜けて草原へとやって来た。青い空は、今は不透明な絵の具で塗ったようにのっぺりと広がり、金色のすすきもナイロンの刺繍糸で作った造花のようだった。生命の気配がまるでない。どうしてここが本物の世界に思えたのだろう。
 昨日通りすぎた錆びた鉄路を右に折れ、西に向かって歩いていく。そう、私は列車に乗っていたのだ。レールの上を歩きながら、私はゆっくりと思い出しはじめた。この世界に来る前のことを。
 太陽は少しずつ大きくなりながら、線路の先へと落ちようとしていた。正面からぶつかる陽射しにも、今はぬくもりが感じられなかった。この世界は死んでいるのだ。私だけが歩き疲れて息を弾ませ、どうしようもない孤独に涙を流しているのだ。生きているのは私だけなのだ。
 空が薄紫から朱鷺色へと徐々に色を変えるころ、やっと駅についた。駅舎も無く、ただ線路の脇にプラットホームがあるだけの小さな駅だ。列車はいない。ホームの真ん中あたりに人影が見えた。
 アキは、こちらをじっと見ていた。
「間に合わないかと思ったよ」
 やっとたどり着いた私に、彼がつぶやいた。彼も、きっと生きてはいないのだろう。少なくとも私のようには。
「事故だったのね?」
 私の問いかけに彼はうなずいた。もうすぐ陽は完全に落ち、また闇が訪れる。
「どうして、私だけがここに残ったの?」
「みんな、先に来て列車に乗っていった。イツカだけがみんなと同じバスに乗らなかった。両親がきみを隠してたんだ」
 遠くから汽笛が聞こえた。時間が迫っている。
「あなたはずっとここにいるの?」
「僕の役目はここの管理だ。普段は静かだけど、あの日は大変だったよ」
 小さくため息をついた彼に、私は何だか同情してしまった。この小さなホームでは、あれだけの人を全員列車に乗せるのはさぞ大変だったに違いない。あの日の列車は満席だったから。
「イツカの両親に頼まれたんだ。イツカがここに来てしまっても列車には乗せないでくれって。彼らはずいぶん高い代償を払った」
「一体、何を払ったというの?」
 アキは黙って私を見た。墨混じりの夕空の闇が濃くなり、彼の表情はわからなかった。あの瞳の色も、もう光の届かない深い水底のように、ただ虚ろな灰色をしていた。
「・・・もうすぐ次の列車が来る。それに乗っていけば、他の人たちと同じところへ行ける。でもイツカの両親はそこにはいない」
「もう会えないの?」
「会えない」
 ぱしゃん。
 誰かの涙が落ちる音がした。
「ここに来てしまった以上、本当はみんな列車に乗せなきゃならない。でも約束だから乗客名簿から名前を消してあげてもいいよ。ただしイツカにも代償は払ってもらわなきゃならないんだ」
「でも、両親がもう払ったのでしょう?」
「彼らは、彼ら自身の望みのために支払った。きみは、きみ自身の望みのために支払う。当然のことだよ」
 また汽笛が聞こえた。もう丘の向こう側まで列車が迫っているのだろう。レールから空気に静かな振動が伝わり始めているのがわかった。
「列車に乗るかい?」
「乗らない」
 私はきっぱりと答えた。
「わかった」
 アキが小声で言った。その響きからは、彼が私の答えをどう思ったのか窺い知ることはできなかった。
「じゃあ代償をもらっていく。目を閉じて」
 氷のような手が私の頬に触れた。
「ねえ、もうアキにも会えないの?」
「イツカには、もう僕を見ることはできない」
 ささやき声が耳から流れ込み、血流と一緒になって私の全身に拡がる。目を閉じると、最後の残照がまぶたに透けて、目の前の世界が真っ赤に染まり、やがて闇が訪れた。
 頬と唇から彼の感触が消えた時、私の世界から光が失われた。永遠に。


『エピローグ』に続きます。
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