Words and Feathers

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ハナシタクナイというおはなし その2

上の記事の続きになります。

自分自身にも思い当たる節があるのですが、
人間って、何故か「傷」にしがみつく傾向があります。
病気にしろ、怪我にしろ、心の傷にしろ、
それを完全に治癒し、忘却することを拒絶したがるというか。
何かを勧めると「それじゃ治らない」と言い、
じゃあ他の方法を探そうよと提案すると「どうせ治らない」と言う。

理由のひとつは、治ると都合の悪いことがある、ということ。
その「都合」は、全く合理的でないこともありますが。

もうひとつの理由は、自分のアイデンティティを覆される恐れのようなものです。
長く抱えた傷ならば、その「傷」自体が既に自分の一部なので、
その傷を癒されることは、自分の一部を殺されるような、
自分の人生の歴史を奪われるような、そういう気持ちになるのです。

こんなこと書くと怒られそうですが、
(少なくとも、面と向かってそんなことは私は言いませんが)
病弱なのに身体を傷めつけている人や、
同じトラウマを受ける状況に自ら飛び込んでいく人は、
「病弱さ」や「トラウマ」が、自分の中核に食い込んでいるんですよね。
本人にとっても、それは決して楽しいことでは無いけれど、
でも、他人が指摘して直るようなことでもないので、
周囲は「それもひとつの生き方」と認めるしか出来ないこともあります。

もちろん程度問題ですし、ただ手をこまねいて見ていろということではなく、
「どうすれば、傷を手放しても大丈夫と思えるようになるのか」
それを考えることが、家族や友人に出来ることだと思います。
自分自身に対しては、自覚があるなら手を放す努力をすることです。

壷に入ったお菓子が食べたくて、手を入れてお菓子を掴んだら、
手が抜けなくなって泣いている子供の話。
大人が「手を放してごらん」と諭すと、
「そうしたらお菓子が落ちちゃうじゃないか」と、更に泣きます。

子供ですら「手を放せばお菓子が手に入らない」と泣くのです。
大人なら「手を放せばお菓子も壷も奪われる」と疑うでしょう。
信じることは難しいし、信じてもらうことは更に難しい。
信頼関係が無ければ、正しい助言も嘘になってしまう。哀しいけれど。
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